アリウープX

 

所沢航空公園
1997年09月28日
 
 黄色いカフに青いアルミフレーム、使用しているのはインパラである。
 当時はまだハンドレールでは出来なかった。
 アリウープXはもともと、アリウープマキオの練習用として始めた技である。それが、ハマってしまった。
 Xマニアと言われることもあるが、自分ではマキオマニアだと思っている。最強技は今でもマキオ。ハンドに初めて乗ったのもファーサイドのマキオだったし。
豊橋ABF
1999年05月04日
 
 日本一怖いミニランプで、腰高でおっかなびっくり。
 この頃はハンドレールでアリウープXをやろうと必死になっていた。
清水港
1999年07月18日
 
 パークのオープニングイベントに静岡まで遠征。ハンドレールが2つあるが、どうしても高い方ではアリウープXが出来ず、涙を飲む。ちなみにこのパークの高い方のハンドは、傾斜も含めて浮間公園のスロープに付いている奴と、殆ど同じである。
アメージングスクエア
1999年09月26日
 
 アメの旧ハンド(今のより細いが、今のより高い)で遂に出来るようになった。
 何度か貫通させて、良い気分。
 しかし、なかなか理想のフォームに出来ない。もっと腰を落としたいのに、出来ない。
アメージングスクエア
1999年11月14日
 
 BISカップ第2戦では、ハンドレールを貫通させた。
 これは、左のウォール下から、トランスファーでのアリウープX。
アメージングスクエア
2000年04月09日
 
 サブボックスでのアリウープX。
 この位置に置かれるサブボックスは、何度も入れ替わっている。以前はこういう低いのがあった。
 
アメージングスクエア
2000年04月22日
 
 最後期のアリウープX。相変わらず自分では納得行かないフォームではあるが、ハンドはスパスパ貫通出来るようになった。
 レールにガッチリとハマるソールで両側から押さえ付けるため、乗った瞬間に芯に入ったら、ジ・エンド。右にも左にも落ちようがない。前後バランスが狂ってすっぽ抜けることはあるが・・・
 夏過ぎから、ハンドレールに乗らなくなった。理由は新宿EDITのJASPAと、そのすぐ後に行われた多摩JAMにある。一方はガチンコ大会の最右翼であるJASPAであり、もう一方は気楽なローカルのJAM。しかし形式はクローンみたいに似ていた。
 そして・・・自分にはどっちも同じように感じられた。みんなが言うほどJAMを楽しめなかった。JAMと言っても大会と同じじゃないの・・・
 あちこちで話を聞いたり、自分でも考えた結果、自分を偽って大会で滑っていたんだと気付く。どういうことか?
 自分がSK8を始めたのは、空が飛びたいからである。初めてマイブーツを買う時、「ジャンプしても壊れない丈夫な奴を。グラインドはやらない」と店員に言って選んで貰ったのである。そもそもSK8始めた時に、ストリートとかバートとか、そんなものが存在すること自体知らなかった。
 ところが、ジャンプランプはストリートSK8の一部みたいに扱われており、いつの間にか自分のスタイルはストリートなんだと思い込んでしまった。そして、ストリートならハンドレールに乗るのが当然だと洗脳されてしまった。いや、ハンドレールってのが憧れになってしまったのだ。
 だが、大会で感じた疑問、そしてアリウープXをひとまず完成させてハンドレールで使えるようになったこと・・・それによって思い込みが解けた。
 そして決心したのである。本当に自分がやりたいことだけをやろう!
 実は自分はハンドレールに乗りたい訳じゃないってことも、はっきり自覚した。だから、乗らないことにしたのである。
 2001年04月08日、パローに居た奴は幸運だよ。茨城まで遠征したサービスとしてハンドに乗った。今じゃ滅多にやらないもの見れたんだから。
アメージングスクエア
2001年04月22日
 
 現在のサブボックスは高さ90センチ、セスパ上尾の壁と同じである。
 セスパ上尾同様に剥き出しの木であり、BMXが削りまくってボロボロなため、横乗り系がかなり危険。縦乗りでも、トップ足をベタ付けしてしまうと詰まりかねない。
 腰を痛めていて、フォームがちょっとおかしい。

 

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