ミュート

 

葛西臨海公園
1996年02月11日
 
 自分のSK8の原点である素飛びミュート。その歴史は葛西臨海公園から始まった。
 ジャンプランプは吉沢パパの持ち物で、高さ50センチ。当時は葛西のランプ親父と呼ばれ、公園に集まるストリート系の連中のヌシだった。
 今では久弥のコーチみたいになっている吉沢パパだけど、この当時は自身も飛んでいた。あの巨体で誰よりも高く飛び、サイドフリップなんかもやっていたのである。
 まだ、両足抱えてのグラブが出来ない。カッコ悪い。
葛西臨海公園
1996年06月16日
 
 ようやく見れたフォームとそれなりの高さになっている。
 道の右にあるのは防風林であり、向こう側はすぐ海になっている。
 この後間もなくアメージングスクエアのバンジージャンプ塔を潰し、跡地にYOMIスケートパークが作られる。
 葛西ジャンプ陣のうち、吉沢親子と自分だけがアメージングローカルに変わる。
アメージングスクエア
1997年11月04日
 
 アメ常連となって約1年。当時はライフスタイルやディスターブレンドのスケーターも、しばしば出入りしていた。
 小ファンボックスでエアーの練習。撮影していると村田哲生がサービスしてくれたのか、一緒に交互に飛んでくれた。しかし、その映像を上達に利用する能力が、当時の自分には無かった。
 全く同じ場所で飛んでも、村田プロは自分より30センチ高くエアーを出していた。
所沢航空公園
1997年12月14日
 
 着地点は芝生の上に布が敷かれ、衝撃が和らげられるようになっていた。
 公園で一緒に飛んでいても、自分より高いエアーを出す奴が何人も居た。
g skate park
1998年05月04日
 
 g に遠征したものの、クォーターとファンボックスが一直線ではなく、かなり飛び難かった。それでもこの程度の高さはちょっとねぇ・・・
 g は何度も移転しているが、後日この場所で行われたハイエアー大会で、イチ小森が210センチ、安床エイトが240センチを出している。
 そして夏にホリデーギアへ遠征、凄い爆裂をやってしまう。腰を酷く痛め、2ヶ月か3ヶ月、飛ぶことが出来なかった。
富山桜ヶ池
1999年05月02日
 
 初の桜ヶ池遠征。高さを出すコツが分かり、一気にエアーが高くなった時期である。
 ただ、あくまでも試行錯誤から生まれたコツに頼って飛んでいたのであり、なぜそうすれば高く飛べるのか、はっきりした理由は分かっていなかった。
青森県営スケート場
1999年06月20日
 
 公営だけあり、安全対策で着地点一面にマットが敷き詰められている。
 この日が、ジャンプランプをマジ飛びした最後の日となった。
 ジャンプランプはファンボックスに比べ、着地点がフラットであることと、テーブルトップが無いためRの高さ分だけ落差が大きいという2点において危険である。
 ジャンプランプで本気出すと、安全な着地が出来ないほどエアーが上がるようになっていたので、避けるようになっていた。セーブしたエアーってのはストレスが溜まる。
 床がツルツルだし助走が限られていたため、これは限界一杯のエアーではない。
アメージングスクエア
1999年10月10日
 
 フリーフライヤーコンテスト1日目最後のハイエアーコンテスト。アメージングで行われたのは、これが最初で最後。
 これで高さは2メートルぎりぎりである。
 ケンボーが360で210センチを出し、村田哲生はミュートで230センチ。相変わらず村田プロより30センチ低くしか飛べない。どうしてもRを使い切れないのだ。
 森ポンが245センチ飛んで勝利。
アメージングスクエア
2000年02月07日
 
 この頃はアメでも素飛びが高いことで知られていたし、ある程度の自信も持っていた。
 フリーフライヤーの時に、Rが始まる少し手前で漕ぎの動作を開始すると高く飛べることに気付いていた。しかし・・・やはりそれは単発のコツやノウハウでしかない。
 何故そうすれば高く飛べるのか分からないまま、現実に高く飛べるんだからと実行していた。
 理由が分かったのは21世紀になってからである。
アメージングスクエア
2000年06月18日
 
 ゴールデンウィークに桜ヶ池で自分のエアーに限界を感じ、この時期から試行錯誤が始まる。
 見た目のエアーの高さはそれなりに出ていたものの、ずっと疑問を感じ続けていた。
 この時期にセクションが金属貼りになった。
ホリデーギア
2000年07月02日
 
 ファンボックスが飛び易く改装されたホリデーギア。
 ヒップとして使えそうに見える左のRだが、すぐ近くに建物が迫っているのでかなり怖い。
富山桜ヶ池
2001年05月06日
 
 裏権JAMでのハイエアー大会。
 新しく設置されたファンボックスは、R先端に逆Rが付いているため、Rを最後まで使えない。しかし全金属製で剛性が高く、飛び易い面もある。
 腰痛中&このファンボックスは初めてだったが、高仰角漕法の威力で230センチを出し、何とか優勝。
 今の自分がハイエアーで本気出す時はミュートではなくロケットを使うのだが、ロケットは腰が万全でないと出来ない。

 

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