レーザー銃の有効射程 |
一部の人間は、レーザーはどこまでも拡散せず届くと信じている。しかし実際にはレーザーであっても拡散してしまう。どんなに技術が進歩しても完全な平行光線を作り出すことはできない。理由は光の回折現象である。
これは原理的なものであり、技術でどうこう出来るものではない。はっきりした物理的限界が存在する。
レーザーが標的を焼くなどのダメージを与えられるのは、エネルギーを狭い範囲に集中させることが出来るからである。
距離が遠くなるとレーザーが拡散するため、エネルギー密度が減少しやがてダメージを与えられなくなる。それは、どの程度の距離だろうか?
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レンズまたはそれに類するものから射出されたレーザーが、ある射程だけ離れた場所に焦点を結ぶとする。 どの程度の大きさのスポットに集光可能かは理論的に決まっている。 |
(4/π) × L × (レーザー波長) ÷ (ビーム径) である。ここで、ビーム径に比べて射程が充分大きくなると、Lはほぼ射程に等しいと見なせる。通常のレーザーではビーム径は数ミリなので、実用上はほぼL=射程と考えて良い。よって、
(スポット径) = (4/π) × (射程) × (レーザー波長) ÷ (ビーム径)
となる。スポット径は射程に比例して大きくなり、レーザー波長に比例して大きくなり、ビーム径に比例して小さくなる。
遠くを照らせば照らすほどスポットが大きくなるのは分かるだろう。また、緑のレーザーは赤より小さいスポットになるし、青は更に小さいスポットに出来る。DVDの記録密度を上げるためにブルーレイを使うという話だ。
しかし、ビーム径に比例して小さくなるという話は分かり難いのではあるまいか?
実は、回折とは光が隙間を通ると拡散してしまう現象である。狭い隙間を通るほど大きく拡散する。理由は自分には説明できないが、光にはそういう困った性質があるのだ。今の場合隙間とはビーム径のことであり、ビームを太くすれば小さなスポットに集光出来る。
レーザー用品にビームエキスパンダーというものがある。ビームを太くする光学系である。
なぜわざわざビームを太くするかと言えば、それによって遠方を小さなスポットで照らせるからだ。レーザーポインターではビームが細い方が高品質と思い込んでいる人が多いが、とんでもない。細いビームは拡散が大きいのである。そしてこれが困った問題を引き起こすが、ここではひとまず具体的な数値を代入してスポット径を計算してみよう。
直径1ミリのビームで1キロ先を照らすと、スポット径はどうなるだろうか?
レーザー波長 | スポット径 |
532 nm (緑) | 677 mm |
635 nm (赤) | 809 mm |
650 nm (赤) | 828 mm |
この計算値は、レーザーレンズの焦点が1キロ先に合わされているとしたものである。実際には焦点は無限遠に合わせるから、これより1ミリほど大きなスポットになる。しかし明らかに誤差の範囲。
現実にはもっと大きなスポットになる。このスポット径は理論上の回折限界であり、レンズの収差やビーム品質の悪さで、ここまで小さくなってくれない。回折限界に比べて現実のスポットがどこまで広がってしまうか?という倍数を、M2 < 1.5 などとスペックに書いてあるレーザー装置もある。
この値は安物のレーザーポインターを除けば多くは 1.2 〜 1.5 である。つまり、目にすることが多いレーザー光線は、目安として1キロ先で1メートル程度に広がる、1メートル離れる毎に照射点の直径が1ミリ大きくなる、と考えて大きな外れはないのである。これが広がり角1ミリラジアンである (1mrad)。1キロ先で2メートルに拡散すれば 2mrad だし50センチに集中するなら 0.5mrad だ。
それにしても直径1メートルはでかいスポットである。レーザー光線のイメージに合わない。小さくしたくても射程は決まってるし波長も決まっている。となると、ビームを太くするしかない。
直径1ミリではなく1センチのビームを射出すれば、1キロ先でも10センチ程度にしか広がらない。10センチの極太レーザーなら1キロ先で1センチ!
あれっ?
1キロ先で1センチに集光し、何かを燃やせるレーザー銃があったとしよう。このレーザー銃が発射された直後は10センチのビームなので、エネルギー密度は100分の1である。遠くを燃やせるのに近くが燃やせない!
これがレーザーのジレンマなのだ。細いビームを射出すれば近距離のエネルギー密度は大きいが急速に拡散し遠方のエネルギー密度が激減する。かと言って太いビームを射出すれば近距離がお留守になる。ビームの太さは光学系で変えられるので、用途に応じて変えることになる。
1)レーザーポインターとして使う場合
肉眼の分解能が 0.3mrad 程度なので、それより絞っても視認性は向上しない。ある程度スポットが大きい方が確認も容易なので、せいぜい 0.5mrad まで絞れば充分。
ビームの太さ1〜2ミリで、広がり角 0.5〜1mrad でいいだろう。これは多くのレーザーポインターが既にそうなっている。
2)BB戦車の照準に使う場合
一見すると1)と同じだが微妙に違う。
1)ではレーザー射出位置と視点はほぼ同じである。しかし2)では異なるのが普通だ。射程よりかなり離れた位置から照射点を眺める可能性も高い。このため、ビーム広がり角よりも見掛けのスポットが小さいのも普通。つまり、余りビームを絞る必要はない。
その分、レーザーの明るさには余裕が必要。
3)焼きたい場合
100mW クラスの強力レーザーモジュールでテープを焼き切ったり風船を割って遊ぶなら、スポット径は2ミリ以下にしたい。となると、希望する最大射程がスペックを決める。2メートル以内ならビームは1ミリで良いが、5メートルなら2.5ミリ、10メートルなら5ミリの太さのビームを放たねばならない。
その上で、レーザー射出レンズは容易にピント調整出来るものを使う必要がある。焼きたい物体の距離に合わせて焦点を変えるのだ。
希望する最大射程が4メートル以内なら2ミリのビームが4メートル先に焦点を結ぶよう固定しても良い。この場合、4メートル以内はほぼビーム径が2ミリ以下となり、どの位置でもエネルギー密度が確保される。
ただし4メートル以降は回折限界に加えてビーム自体が4メートルあたり2ミリの割で余計に拡散するため、レーザーポインターとしては性能が悪くなる。いろいろな楽しみ方をしたいのであれば、ピントが変えやすいレンズは必須である。
射程に応じてピントを変えてる余裕がない、あるいはそんな面倒なことをしたくない場合でも、希望の最大射程が長いほどビームを太くせねばならない。これは原理的な制限であり、どうにもならない。
それでも近距離の威力を確保したければ、結局は光出力を大きくするしかない。大出力のレーザーほど最大射程を長く出来る・・・という常識的結論になるし、例え宇宙空間であってもレーザー兵器の射程には限界があるのだ。
4)敵戦車の装甲撃ち抜けない?
工業用レーザーは金属板を切断するのに使われており、出力が大きいものは厚さ2センチ以上のステンレス板でも切り裂く。ただしLは数十センチ程度しかなく、スポットを小さくすることでエネルギー密度を高めている。では、将来桁違いに出力の大きなレーザーが移動式になれば、戦車の装甲も撃ち抜ける?
残念ながら、望み薄だ。というのも、どんなに出力が大きなレーザーでもそのままでは2ミリぐらいの装甲しか撃ち抜けない。
レーザーが照射されて金属が溶けたり蒸発したりすると、それが邪魔をしてまだ固体部分の金属にレーザーが到達しなくなってしまう。また、レンズが汚れる。そこで、工業用レーザーでは照射点に高圧気体を吹き付け、溶けた部分や蒸気を吹き飛ばしている。金属によっては特定気体があると燃え易くなることもあり、ターゲットに応じて気体の種類を使い分ける。空気、酸素、窒素、アルゴンなど。これらをアシストガスと総称する。
アシストガスを吹き付けできるのは至近距離だからであり、戦闘距離で敵戦車に吹き付けるのは不可能。だから、戦車の分厚い装甲を撃ち抜くことも出来ない。